
繊細度 ★★★★★
あらすじ:エゴとスノッブが蔓延する世の中に耐え切れず、病的になって家に引きこもるフラニー。そんな妹の気持ちを理解しながらも、兄ゾーイーは彼女を何とか説得しようとする。
「ライ麦畑でつかまえて」で有名な(といっても読んだ事は無いが)サリンジャーの作品(1961)。
7人兄弟と両親からなるグラース一家にまつわる物語の一つで、末っ子フラニーとその上のゾーイーの話。
大学生のフラニーは周りの人間たちがみんな見栄っ張りや上っ面だけの気取りで溢れかえっていると感じ、イエスの祈りについて書かれた「巡礼の道」という本に救いを見出そうとする。
10〜20代の若者が抱く、社会への憧れや現実に対する落胆・葛藤などが実にリアルで、何気ない仕草や小道具を巧みに描き、微妙な年頃の心理を細やかに表現している。
こういう青春の苦悩は誠実に生きようとする人間なら誰でもぶち当たる壁ではあるが、フラニーは優秀が故に潔癖症にも似た完璧さを求めすぎてしまっているんだろうな。
そんな彼女に自分と同じ「奇形児教育」を受けたと感じている俳優のゾーイーは、共感しながらも説得を試みる。
このゾーイー編、ほとんど会話中心で進行していくのだが、これがいい。
次兄バディからの手紙に始まり、バスタブでのゾーイーと母親ベシー、そしてゾーイーとフラニーの会話と、かなり遠慮なくズバズバ言い合っているのだが、その根底にあるのは間違いなく家族の絆だ。
特にゾーイーは皮肉屋ともいえる自分の性格をよく分かっており、彼のウィットに飛んだ台詞はもはや達観の域。
「全力を尽くしてへばっちまう事ができるなら、同じ力をなぜ元気で活躍するために使う事ができないんだ?」
「君は最低の人間なんかじゃないのに、今この瞬間にも最低な物の考え方に首までつかってるじゃないか」
「俳優の心掛けるべきはただ一つ、他人にどう見えるかではなく、自分が完璧だと思うものを狙う事」
など核心をついた言葉の数々は、フラニーに答えを与えるだけでなく、俺にとっても新たな視野を広げてくれた気がする。
他にも聖書の一節、東洋哲学や詩人たちの格言など広い分野の知識や教養に言及しているが、作品全体に流れているのは繊細かつ鮮やかに描かれた若者の感性と深い家族愛、これに尽きる。
起伏のある劇的なストーリーではないが、生き生きとしたグラース一家が実に魅力的だ。
野崎孝による日本語訳も見事だし、サリンジャーの作品は是非また読んでみよう。




