
カタルシス度 ★★★★★
あらすじ:ピアニストの道を閉ざされた青年如月と、脳に障害を持ちながらも天才的なピアノの才能を持った少女千織は、演奏に立ち寄った山奥の療養所で不思議な出来事に遭遇する。
2002年の第一回「このミステリーがすごい!」大賞、金賞受賞作。
といってもミステリーではない、と思う。どちらかといえばファンタジーのような。
とてもシリアスで感動的なストーリーではあるんだが、ちょっと現実離れした設定が最後まで気にかかってしまい、物語に入りきる事が出来なかった気がする。頭が固いのか。
というわけで、一般的な評価は高いようだが個人的には70点ぐらい。
メインとなる登場人物は3人。
事故で薬指を失った元ピアニストの如月敬輔、サヴァン症候群(詳細は後述)の楠本千織、そして療養所に務める岩村真理子。彼らが体験する奇蹟を描いている。
序盤は如月と千織が共に生活するようになった事情や、千織の障害に関する医学的な解説などが記されながら、舞台となる療養所へと向かう。
このセンターの人間関係というのが実に理想的。
一つの村のような助け合いの精神に基づく集合体となっていて、患者たちにも暗く閉鎖的な雰囲気がない。
センター全体を「家族」とするなら「母親」にあたる岩村の人柄も魅力的。
でも一体何が奇蹟なんだと思いかけた辺りで急展開。事件が起こる。
その出来事によって生と死、愛という問題に向き合う事になり、一気にディープな内容に…。
3人の辛い過去も絡みつつ、期間限定の奇蹟に追われるようにクライマックスを迎える。
全体的に静かな文体だが、度々登場するピアノを弾くシーンはなかなか激しい。
クラシックに疎い俺でも曲の主題や運指がしっかりイメージできるほど、説得力と迫力のある筆致が見事。曲を知っていればもっと良かったんだけどな。
一歩間違えば宗教的な思想になりかねない問題をうまく普遍的な物事として描いた癒しの一冊。
ただ、どうしても設定がなぁ…他の方法じゃ駄目だったのか…
サヴァン症候群とは:

静かな衝撃度 ★★★★★
あらすじ:仕事にもつかず、奥さんとひっそり暮らしている「先生」。「自分は寂しい人間だ」「恋は罪悪だ」…。言葉の背景は謎のまま、私は先生の元をたびたび訪れるようになるが…
高校二年用のほとんどの教科書に採用されてきたという漱石の代表作。
多分この作品を読もうとする人間の多くは、高校での授業がきっかけじゃないだろうか。俺もその一人。
教科書に載っていたのは「先生と遺書」のごく一部だったが、その前に先生との出会いを回想する「先生と私」、大学卒業後の故郷での生活を描く「両親と私」の全3章からなる長編。
構成力・表現力ともに巧みで無駄がない。
前半で先生の謎めいた言動に複線を張りつつ、最後の章で全てが明らかにされる。
「先生」と「お嬢さん」と「K」、俗に言えば三角関係に陥るわけだが、利己心と倫理観の間で激しく葛藤する様子は圧倒的。
テーマも普遍的なので時代を超えて読み継がれるのも頷ける。
漱石といえば「浪漫」「流石」「兎に角」などの当て字や、「電力」「価値」「反射」といった造語を生み出した事でも知られている。
言葉に関する才能は筆力にも現われていて、精緻な描写に衝撃を受けた。最も印象的なのは次の一文。
「もう取り返しがつかないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯をものすごく照らしました。」
この表現力。惚れたね。
初期の作品も読んでみよう。

欲望の恐怖度 ★★★★★
あらすじ:生命保険会社で働く若槻は、ある日訪れた顧客の家で死体を発見する。保険金殺人を疑い、調査する若槻を恐怖が襲う。
第4回日本ホラー小説大賞、大賞受賞作。
昔、友人から借りた「ISOLA―十三番目の人格(ペルソナ)」がなかなか良かったが、今作はもっと面白い。
ホラーによくある「理由はないけど皆殺し!」という意味不明な殺人鬼とは違い、人間の欲望や狂気が引き起こすリアルな恐怖を描いているのが良い。
保険会社という設定もホラーには珍しい。著者自身、生命保険会社に勤務していた経験があるらしく、かなり詳細な内部事情が語られている。
犯人はすぐ分かるが、若槻が真相に迫り同時に追い詰められていく後半〜終盤にかけての狂気の描写がすさまじい。思わず映像と音声を想像してしまうほどのリアルさ。
じりじりと静かに迫ってくるあの感じ、いやな汗をかくな。
タイトルである「黒い家」の邪悪さも文句なし。
最近栃木の事件でも話題の「保険金殺人」という現実に起きている問題をテーマにしたり、人間の行動を虫の生態になぞらえる点は上手いと思ったが、心理学の説明はちょっとどうかな、という感じ。作品的には必要なんだろうが…
あと若槻の恋人がタフすぎやしないか。俺だったら一生トラウマだ。

隠微度 ★★★★★
やたらと文中に隠微という単語が出てくる。どんだけ隠微なんだ。
16年前に起きた事件を発端とし、精神に障害を持つ殺人者マークスと事件を追う刑事たちの内部事情を鋭く描いた警察小説。'93年度直木賞受賞作品。
初めて高村薫の小説を読んだが、なかなか良いな。
描写が濃く、悪い意味ではないがサラッとした文体ではないので序盤は読みにくかった。
だがストーリーが進むにつれて力強い描写が魅力的になってきて、下巻は一気に読んだ。
過去と現在、2つの事件に隠された真相を暴くミステリーの王道ながら、人間の葛藤や苦悩も描く事で成功してるな。
登場人物が多いぶん複雑に絡み合う人間関係が面白い。
刑事同士の争い、キャリア対ノンキャリア、大学OBの秘密、マークスと看護婦の絆、合田と義兄の関係など、事件そのものよりも惹き込まれた。
七係の刑事たちは性格をやや作りすぎている感もあったが、純真と狂気が入り混じったマークスは珍しいタイプの犯人で魅力的だ。警察をほとんど意識してないし。
まさか泣けるラストが待っているとは思わなかった。
合田刑事のシリーズは他にも出ているようなので気が向いたら読んでみるか。

耐寒を体感度 ★★★★★
2000年に織田裕二主演で映画化もされた作品。
日本一の貯水量を誇るダムが武装グループによって占拠され、人質を救出するため極寒の雪山にたった一人で挑む男の物語。
遭難者を助けに向かう第一章から冬山の恐怖、猛威をふるう自然の様子が詳しく描かれる。
ここで起きる事件は物語の主軸となるが、全編通して大自然の脅威は何度も徹底的に書き込まれ、山に登った事のない俺でも仮想体験できた。実際の厳しさは想像のはるか上だろうが。
テロリストたちの完璧な計画に翻弄される警察や、不可解な要求の裏にある真相などはミステリーの面白さも味わえる。
が、この作品の一番の魅力は主人公・富樫の心理や行動にあるな。
解説でも語られているように、武装集団と大自然という2つの敵に立ち向かう富樫の姿は冒険小説の趣が強い。
俺だったら途中で10回くらい死んでそうだがそこはエンターテイメント小説、心理的弱さも描きつつ、知恵、運、体力、気力で乗り切っていく。
アクション・サスペンスとしては面白かったが、「ビバーク」「ラッセル」「トラバース」などの登山用語に関する注釈が無かったのは痛い。
「そんなもん心意気で理解しろ!」という山男の主張か?
豪気すぎるだろ。







