
トリック度 ★★★★★
あらすじ:熊谷の荒川で男の溺死体が発見された。次いで高崎のマンションで男が墜落。二つの事件は連続殺人かと思われたが、男の部屋は完全な密室だった…。
松田優作主演で映画化され大ヒットした「人間の証明」などで知られる作家、森村誠一。
名前は知っているという程度だったが、知人から貰った本の中に偶然この人の名前を見つけたので、試しに一冊読んでみた。
本作は著者の出身地である埼玉県熊谷市をはじめ、高崎、狭山、熱海など土地柄を前面に出して展開する推理小説だ。
関東圏でない俺にはいまいち感覚が掴みにくくて残念だが、違う場所で起きた二つの事件に様々な人物が絡み合って広がっていく内容はなかなか読み応えがある。
中でもこの作品のメインは、趣向を凝らしたトリックの豊富さと巧妙なアリバイ作り。
偽装工作、密室トリック、裏での取引など、何重にも施された仕掛けの結び目を少しずつ解いていくのはワクワクするな。
アリバイ崩しの手がかりとなる土地売買や保健所に関する制度、特定の木に棲みつく寄生虫といった知識は勉強になるし、犯人が思いもよらぬところから足がつくという偶然性は犯人⇔警察間だけの話には収まらず、緩急がついて面白い。
これだけの充実した内容が週刊誌連載('76〜'77「週刊小説」)だったとはちょっと驚きだ。
ただし、個人的には残念な部分もある。
本作は本格推理小説としては高いレベルにあると思うが、人間描写という面についてはかなり弱い。
登場人物が犯人側・警察側ともにステレオタイプというか深みがないというか…結局「金と女」というキーワードで表面的にまとめてしまったような印象を受ける。
謎解きに重点を置いた反面、人間ドラマが浅くなってしまうのは仕方がないんだろうか。
―と思っていたら巻末の解説で事情が判明。
本格推理小説の地位を確立した著者が新境地として執筆したのが、前述の「人間の証明」(証明シリーズ)に代表される人間そのものに重きを置いた作品群であり、トリックとしての面白さは逆に控えめだったようだ。
新たなファンを獲得する一方、物足りなさを感じていた初期のファンの期待に再び応えたのがこの「凶水系」。
俺が無知なだけで、人間描写が苦手な作家というわけじゃないんだな。
よし、次の機会には「人間の証明」を読んでみよう。

性的倒錯度 ★★★★★
あらすじ:同性にしか性的欲求を抱けない青年「私」は、友人の妹・園子と親密になる。欲望がなくても女性を愛せると思った「私」だったが…
1949年発行、当時24歳の三島由紀夫による初の書き下ろし長編。
同性愛を扱った事によりセンセーショナルを呼び、三島の地位を確立した。
…初めての三島作品としてはハードルが高かっただろうか。
テーマの難解さ以上に、とにかく分からない言葉だらけで注釈と大格闘だった。
作品の構成は、女性に対して不能である「私」が自らの姿を回想しながら追及するという設定のもと4章から成り立っている。
その中には複雑多様な性的嗜好が描かれているが、とりわけ目立つのは青年の肉体に対する執着と、悲劇への憧れだろう。
前者は初恋の相手・近江に代表されるマッチョな肉体への自己投影とサディスティックな妄想の対象として、後者はマゾヒズムにも通ずる死への期待と、自らの境遇を特別視するナルシシズムすら匂わせて描いている。
成長した「私」は異性への性欲が皆無にもかかわらず愛する事が出来ると考え、園子という女性と付き合う。
頭の中では仮面と素面が絶えずせめぎあい、メビウスの輪のように彼自身にも真実と虚偽の見分けがつかなくなる。
だが美しい青年の肉体が血にまみれる様子を想像して欲情する時、隣にいた園子の存在も忘れていた事に気づき、ようやく理解するのだった…。
俺としては、「私」が本物だと思っていた園子への愛は、実際には純粋な魂に対する崇拝のようなものだったのではないかと思う。
手に届かない事をどこかで自覚しているがゆえに惹かれるという「悲劇のストーリー」の一つに過ぎなかったんじゃないだろうか。
三島の半自伝的な作品と言われているが、タイトルを上手く使った精巧なフィクションという見方もあるようだ。
俺はどちらとも言えないなぁ。
過剰なまでの内面描写は確かに生々しいが、自己分析が整然としすぎていてここまで完璧に出来るものだろうか?とも思う。
「仮面の告白」というタイトルがますます混乱させる…完全に作者の思うツボだな。
何にせよ言えるのは、これほど徹底的、というか執拗に書けるのはやはり普通じゃないって事だ。
尊敬の念を込めあえて変態と言わせてもらおう。

スラスラ度 ★★★★★
あらすじ:福岡市の香椎海岸で発見された男女の死体。汚職事件渦中の某省課長補佐と愛人の心中と誰もが思ったが…。
「ガラスの城」に続いて松本清張2冊目。どうせ読むなら時代順に読んだ方がいいのかもしれない。
この作品が発表された1958年当時はまだ新幹線がなく、移動には主に鉄道が用いられていた。当然かなり時間が掛かる。
そこで時刻表を巧みに利用し、完璧に作り上げた犯人のアリバイを刑事が崩していくという、この手の推理小説の元祖と言われる作品。
さすがに今読むと古臭さや見慣れたトリックはあるものの、突破口を見つけたかと思うと新たな壁が立ちはだかり苦悩する刑事の描写は見事で、スラスラ読める。
犯人を当てる作品ではないが、犯罪の裏にある動機を重視する事によって人間の内面を描き、「社会派推理小説」というジャンルを確立した。
利用する人間とされる人間。怖いねぇ。








