
むなしさ ★★★★★
あらすじ:1920年、英国からの独立のため、アイルランドの若者たちは義勇軍を結成する。医者を目指すデミアンも兄とともに闘いに身を投じ、やがて和平条約が結ばれる。しかし、条約の内容を巡って国内は対立し、兄弟も敵対してしまう。
「マリー・アントワネット」「バベル」「ボルベール(帰郷)」などを押さえ、第59回カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した作品(2006)。
イギリス人監督ケン・ローチによる戦争ドラマで、イギリス・アイルランドほか合作。主演はキリアン・マーフィー。
アイルランド独立戦争とその後の内戦を背景に、引き裂かれる人々の絆を平凡な一青年デミアンの人生を通して描いている。
前半は自分の名前を英語で言わない少年を殺し、仲間のアジトを吐かせるために生爪を剥がし家を焼くなど、イギリス軍の残虐な弾圧を受けて奮起するアイルランド側の怒りや団結を中心に描かれる。
イギリス対アイルランドという形ではじまった戦争だったが、敵のスパイだと分かった親友を自ら射殺し、葛藤するデミアン。「この戦争にどんな価値があるのか」という台詞が印象的だ。
後半では不平等な和平条約に対してアイルランド内で意見が対立。
対イギリスだった戦いが内戦へと発展し、完全な独立を目指すデミアンと、条約を受け入れる兄テディは敵と味方に分かれてしまう。
つい先日まで仲間だったはずの友人や兄弟と争いあう不自然さ。
そこまでして戦う意味があるのかと自問しながらも互いの信念は曲げられない。
正義のためと言えば聞こえはいいが、疲弊し混乱した情勢の中では何が正しいのか、むしろ正しいものなんて本当にあるのか分からなくなるな。
捕虜として捕らえられ、テディと兄弟最後の会話を交わすシーンが印象的で、翌日の処刑では他に道はなかったのかと見ていてつらい。
夢を捨てたデミアン、愛する弟を失ったテディ、そんなテディに「二度と顔を見せないで!」と泣き叫ぶデミアンの恋人。結局誰も救われていないんじゃないか。
いつの時代も戦争が生み出すものは悲しみばかりで、愚かだと分かっていても繰り返してしまうのは何故なのか。むなしさが募る。
アイルランドのナショナルカラーである緑が印象的で、怒りも愛も悲しみも始終淡々と描いている。
ハリウッド映画ではほとんど考えられないラストだが、このやりきれなさこそこの作品が訴えている事に違いない。
ハートフル度 ★★★★★
あらすじ:母親と死別した少年コリンは遠縁の中年姉妹に引き取られる。姉のドリーと親しくなったコリンは、ある日彼女と共に森の木の上にある家で暮らす事に…。
本作に判事役で出演しているウォルター・マッソーの弟、チャールズ・マッソー監督のハートフル・ロマン。トルーマン・カポーティの自伝的な同名小説の映画化(1996)。
主演はエドワード・ファーロング。「キャリー」で母娘を演じたシシー・スペイセクとパイパー・ローリーが姉妹役で再共演しているほか、ジャック・レモンやメアリー・スティーンバーゲンなど脇を固めるキャストもなかなか豪華。「なんでこれ借りたんだっけ?」と思ったらショーン・パトリック・フラナリーも出演しているからだった。
日本での公開時はエドワードとショーンの美形2人を前面に出して宣伝したためか、一般的な評価はあまり高くなかったらしいが、子供も大人も楽しめる佳作だと思う。
母親を亡くし預けられた親戚のもとで経験する、人との繋がりと成長が少年の視点から描かれている。
コリンを引き取った姉妹の妹ヴェレーナは、小さな町の中で一目置かれるバリバリのキャリア・ウーマン。現実主義のヴェレーナとは対照的に、姉のドリーはおっとりしたロマンティックな性格の持ち主。
ある日ドリーが作っている薬を商品化しようとしたヴェレーナと対立した彼女は、メイドのキャサリンとコリンと共に家出し、森にある木の上の家で暮らし始める。
そこに集まってくる町の外れ者たちと気ままな生活を送るうちに、それぞれの心に現れる変化をゆったりと描いている。
登場人物たちの繊細な心理表現もさる事ながら、何よりもドリーの生き方が素晴らしい。無垢な眼差しと、穏やかで思慮深い物腰からは少女と知的な女性の両面を感じられ、とても魅力的だ。多分これはパイパー・ローリーの演技力によるところが大きいだろう。
「愛は愛からしか生まれない」「人が死んでも草花が人々の思い出を語り続ける」など、ロマンティックすぎる考え方もドリーが言うと説得力がある。
そんな彼女に惹かれたのか、森でのヒッピーな暮らしには寂しさを抱える人間が集まってきて、その一人であるクール判事とドリーのやり取りをはじめ皆が思いやりの心で通じ合う様子は温かい。
家出状態のコリン達を引き戻そうとする町人との騒動のあと姉妹が再会するシーンでは、社会的な生活を嫌うドリーを疎んでいたヴェレーナも実は精神的な繋がりを求めていた事が分かる。
いつも厳しく、自分の稼いだお金によって生活させていると思っていたヴェレーナが「一人ではこの家は広すぎる。姉さんがいないと生きていけない、私も一緒に暮らさせて」と懇願し、姉妹の絆が描かれる。この映画の感動的なハイライトだ。
この作品全体に貫かれている「人は支えあって生きている」というテーマは真理だと思うが、あまりに当然すぎて普段はあまり感じる事はない。
それを改めて思い出させてくれる映画だったな。

密室度 ★★★★★
あらすじ:17歳の少年が起こした殺人事件に関する陪審員の討論が始まったが、誰が見ても有罪と思えたその状況下で、ひとりの陪審員が無罪を主張した事から物語は動き始める…。
高い評価を受けたTVドラマを映画化したもので、陪審員と法廷モノの金字塔と言われている。1957年公開。
モノクロ、ほぼ全編陪審員室の中、かつ12人の男たちによる会話だけで展開しているにも関わらず、緻密な脚本と臨場感ある役者の演技力によって見応え充分の内容だ。
疑う余地の無いであろう事件に時間を割きたくない他の陪審員に対し、ヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番だけが「一人の人間の運命をたった5分で決めてはいけない」と、話し合いを求める。
最初は否定していた彼らだが、改めて審議していくうちに有罪判決が不確かなものへ変わっていく過程がスリリングで、どんどん惹き込まれる。
この作品で重要なのは事件の真偽ではない。本当に少年が殺人犯なのかは最後まで明らかにされない。
分かるのは陪審員たちの下した最終判断だけ。有罪であろうと無罪であろうと、それは客観的な「判決」という形でしかなく、たとえ限りなく真実に近くても真実そのものではないと思う。
「有罪とは思えないから無罪だ」というヘンリー・フォンダの台詞からもそれが窺える。無罪=無実とは限らないが、確たる証拠がない限り有罪には出来ない、という事だろう。
有罪に違いないと思っている他の陪審員は当然反論し、暑い部屋の中で議論も熱を帯びていく。
意見が深く交わされていくうちに明らかになるのは事件の不確実さと同時に陪審員たちの人格だ。家族を持つ者、スラムで暮らした者、偏見を抱く者…彼らの内面をも描いたドラマとして確立させている。
意見を翻す者が増えていくなか最後まで有罪を主張するリー・J・コッブの存在感は抜群。
長かった審議が終わり、雨上がりの裁判所外へと陪審員が散っていくラストが清々しい。
映画として素晴らしいのは勿論だが、やはり日本でも近いうちに始まる陪審制度について考えさせられる。
自分とは無関係な事件だとしても、無関心であってはいけない。審理に加わる以上、責任感を持って臨むべきだ。
とはいえテレビで擬似体験を見た限り、スピーディーに進行する裁判についていくのは容易じゃなさそうだ。
裁判というもの自体に関心を集める事も必要だろうな。

感動…?度 ★★★★★
あらすじ:ケニアの狩猟監視官であるアダムソン夫妻は、人食いとして射殺されたライオンの子供をエルザと名づけて育てることにした。やがて成長したエルザを動物園に入れず、野生に戻すことを決心したが…。
原題は「Born Free(自由の身に生まれて)」。言うまでもなくライオン・エルザの事を指す。
ジョイ・アダムソンが執筆し1960年に出版、世界的ベストセラーとなったノンフィクション小説の映画化(1966)。
ケニアで撮影した事で野生動物や大自然の雄大さが上手く描かれている。
007シリーズで有名なジョン・バリーによる壮大な音楽も美しく、アカデミー賞の作曲賞と歌曲賞(主題歌「Born Free」)を受賞した。
動物と人間との触れ合いや、野生に生きる尊さなどを描いたドラマ、ではあるが…
確かに感動的なシーンもあるものの、人間のエゴも感じられて複雑な心境になった。
人食いライオンを射殺し、残された子ライオンたちを引き取るところからストーリーは始まる。
置き去りにするという選択もあるが、子供たちに罪は無いので保護するというのは一応納得。
引き取った3頭が手を掛けながらも成長していく姿はかわいらしく、妻のジョイは母親役として面倒を見、お気に入りのライオンにエルザという名前をつけて可愛がる。
成長すると動物園へ入れるよう勧められるが、エルザだけは手離す事ができない。
これがエゴなんじゃないかと思う。
愛着があるのは分かるが、人間に育てられた動物を野生に返す難しさは知っているだろうに。「野生に生きる自由があるの!」と言いつつ、お気に入りのエルザだけ残すってのもなぁ…
野生に戻す訓練を始めるも上手く行かず、夫のジョージからは「手の届くところに置いておいて、また会えるようにしたいだけだろう」と責められる。
自分でエサをとる事もできず、群れにも入れず、アダムソン夫妻が様子を見に来ると本当に嬉しそうにするエルザの姿はなんだか切ない。
イボイノシシを狙おうとして反撃され、逆に追いかけられるシーンはコミカルだが複雑だ。
それでも次第に訓練の成果が出始め、とうとう野生に返す。
普通は一度別れたら二度と会えなくなるものだが、エルザはたびたび夫妻の元へ会いに来て、子供まで連れてくるようになる。
エルザとアダムソン夫妻の絆の深さには感動した。野生に生まれた子供には触れないというのにも同感。
ジョイのある意味わがままで始まった訓練が成功した事で結果的には良しかもしれない。だが失敗した時の犠牲を考えれば問題なしとは言えないな。
動物園の善し悪しについても考えさせられた。
なお、この後の彼らについては悲劇的なので知りたい方だけどうぞ↓

成功と没落度 ★★★★★
あらすじ:18世紀ヨーロッパ、アイルランドの農民バリーは従姉への愛から将校に決闘を挑むが、警察に追われる身となり村を出る。軍人として放浪する中レディー・リンドンと出会い、貴族の称号を得ようとする。
スタンリー・キューブリックが18世紀ヨーロッパを舞台にある青年の半生を描いた歴史ドラマ(1975)。
原作はウィリアム・サッカレーの「The Luck Of Barry Lyndon」。
完璧主義者として知られるキューブリックだけに、時代考証・美術・衣装など徹底したリアリズムがとられ、18世紀を忠実に再現している。
中でも有名なのが撮影方法で、当時と同じくロウソクの明かりだけで撮影するため、NASAのために開発されたレンズを用いて撮影された。
努力の甲斐あって、全体的に薄ぼんやりとした画面の中に幻想的な美しさが見事に現れている。
どのコマを切り取っても絵画のように美しい画面構成に加え、BGMにはアイルランド民謡やヴィヴァルディなど18世紀のバロック音楽が使われどこまでも優雅だ。
決して展開を急がないキューブリック独特のタイム感も絶妙。
なお、今作はアカデミー賞の撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞。
内容は歴史ドラマでありながら風刺映画。
前半はバリーの成り上がりぶり、後半は転落を描く2部構成で、3時間を越える大作。
ライアン・オニール演じるバリーは七年戦争に参加する軍人生活を経て、警察のスパイ、イカサマ賭博師へと転身。運と機転を生かし成り上がっていく。
やがて貴族のレディー・リンドンと結婚し子供も生まれるが、浮気しまくりで前夫の息子との間に確執が起き、ついには社交界での信用も失う。
バリーの人生は一気に下り坂、惨めな余生を送る事に。
結局は平民と貴族との差を露呈したというか、自業自得というか。
堕落した貴族社会もそうだが、作中に出てくる「華やかな騎士道の裏にある略奪の歴史」も、必然なんだろうが今となっては虚しい。
キューブリックが当初題材にしようとしていたナポレオンなんて、この言葉がズバリ当てはまるな。
予算の関係で断念したらしいが、本質的なテーマは今作と同じようなものだったのかもしれない。
「美しいものも醜いものも皆同じ。今はあの世」という最後の一文が痛烈。






